アベニー・パファー　かわいさの権化

アベニー・パファー　
Carinotetraodon travancoricus

水族館で人のことを観察していて，魚に対して「きれい」とか「おいしそう」とか「でかい」とか，そういう感想を述べる人は多いけれど，あまり「かわいい」という感想は聞こえてきません。たまにオオカミウオみたいな魚の水槽のまえで「かわいい」という声を聞くけれど，オオカミウオをかわいいと言える人はリュウグウノツカイだってかわいいって言ってしまう人なんだと思う。気持ちはわかります。

でも，例外の魚がいて。
それがハリセンボンとチンアナゴです。
これらの水槽の前に５分くらいいたら，たぶん10組くらいの家族連れかカップルが「かわいい」という言葉を魚たちに投げかけます。

かわいさのキーポイントは，動きと，目なんだろうなと思います。
他の魚がびゅんびゅん泳ぎ回る水槽の中で，ハリセンボンだけが，ふらふらとどこ吹く風で漂う。かわいい。
チンアナゴの群れが，一斉に人間の方を見つめる。１匹が違う方向を向く。他のチンアナゴも一斉に他の方向を向く。かわいい。
でもそれだけでは足りません。オオカミウオが群れで一斉にこっちを向いたら，多分悲鳴があがると思う。
違いはたぶん，目です。
人間が，目の大きなものをかわいいと思うのはなぜだか知らないけれど，マンガの中に出てくる人の目はだいたい顔の半分くらいあるし，パンダの目の周りの黒いやつがとれたら，かわいさは消え去ります。
ハリセンボンもチンアナゴも，顔に対して目の比率が異様に大きい。
だから，かわいいのだろうなと思う。

前書きが長くなりました。

今回テーマにしたアベニー・パファーは，世界最小のフグで，体長は2～3cm。チンアナゴとハリセンボンを足して２をかけたくらいかわいいです。
ふつう魚は，体をくねらせて推進力を得るのに対し，アベニーのようなフグの仲間は，胸ビレ・背ビレ・尻ビレを動かして推進力を得ます。ちなみに，フグなので腹ビレはありません。アベニーがヒレを高速回転させて泳ぐ姿は，さながらカモが水中で足をじたばたしていている姿に似ていて，いやいや，あなた魚でしょってなる。かわいい。
目は丸くて大きく，それだけではなくて視線を動かします。ふわーっと水槽の中を泳ぎ回ったかと思ったら，ちらっとこちらを見る。かわいい。
魚と目が合う経験，したことがありますか。一度してみるといいと思います。かわいいので。

かわいいかわいいと書きましたが，飼うのはそれなりに大変です。
かわいいものと一緒に暮らすには，それなりの覚悟が必要です。
まず，気が荒いです。
グッピーのような魚と一緒に飼えば，グッピーのヒレは1日で引き裂かれることでしょう。エビと一緒に飼えば，数時間でむきエビが転がっていることでしょう。
いじめも頻繁に起こり，水草などが茂っていない水槽で数匹のアベニーを飼育していると，必ずと言っていいほど1匹はやせ細っていきます。
あと，好き嫌いが激しいです。エサはまず冷凍赤虫か生餌しか食べません。熱帯魚屋さんの飼育環境次第では，冷凍赤虫すら食べてくれず，生きたイトミミズしか食べないこともあります。人工飼料への餌付もできなくはないですが，難しくて，みるみるうちにガンジーのようになっていきます。
エビを一緒に飼えず，赤虫やイトミミズのような動物性の餌ばかりを与えなければならないので，水が汚れるスピードが速く，気付いたら水槽がコケまみれのでろんでろんになって，お化け屋敷のようになります。

アベニーを飼う場合，30cmくらいの小型水槽でもよいけれど，基本的にアベニーだけを飼育するようにした方がよいです。他の魚を入れるときは，殺すかもなという覚悟をしてください。あと，複数を飼育するときは，水草を多めに入れた方がよいです。
熱帯魚屋さんで買う前に，餌は何を与えているかを聞くようにしましょう。冷凍赤虫か，クリルと言われた場合は大丈夫ですが，イトメ（イトミミズ）と答えられた場合は，生きたミミズと寝食を共にすることも覚悟してください。
アベニーは，飼育書や熱帯魚ショップで，「初心者向き」と紹介されることも多い魚ですが，本当にそうなのかなと，私は思います。確かに病気にはかかりにくいし，多少水質が悪くなっても元気ですが，色々と偏った魚です。数百円でかわいい生き物を買うことはできますが，飼うことはできません。

あ，でも，淡水で飼育できるフグはとても少ないので，「フグ」が飼いたいという人にはとてもおすすめの魚です。
アベニーは，自然界ではインドの川に生息しています。天然のアベニーは絶滅危惧種だったりもします。
インドといえば，魚とは全然関係ないけれど，この人の動画がすきです。
このくらいを許せる寛大な心と強いおなかが欲しい。